メガネ・補聴器・光学用品専門店・気軽に何でも相談・滋賀県福祉法指定店
メガネ・補聴器のフクイ メガネ・補聴器のフクイ
メガネ・補聴器のフクイ トップ 紹介 掲示板

menu前ページTOPページ次ページspace.gifHOMEページ
滋賀・高島市議選1月告示。
2020/10/16

「滋賀県の日本共産党大津湖西地区委員会は14日、2021年1月24日告示、31日投票の高島市議選(定数18)に、現職2人と前職1人を擁立し、3議席の実現をめざすと発表しました。3氏の略歴は次の通りです。
〇森脇徹(69歳)=現
今津町議6期、市議4期、総務常任委員会副委員長。党県委員、大津湖西地区常任委員。立命館大U部卒。
〇福井節子(68歳)=現
安曇川町議1期、市議4期、議会運営委員会副委員長。党県委員、大津湖西地区委員。共立女子短大中退。
〇粟津泰蔵(71歳)=前
市議1期。党高島市委員。元山中区長。県立短大卒。
(16日付けしんぶん赤旗「近畿」より)
嫁さんが毎晩遅くまで会議していたのは、この事を決定するためだったんだと今、気づきました。それにしても、私もそろそろ心の準備が必要になって来ました。さて、急に気温が下がり、着る服がなくタンスから引っ張り出すのが日課になりました。予想では、この冬はララーニャ現象で寒くなると予想されています。そう言えば、4年前の市議選も積雪50aの大雪の中で行われた事が思い出されます。(写真は、敦賀・きらめき温泉「リラポート」の景色と、鞠山港に停泊中の「新日本海フェリー」です)

1日遅れの店長日記。
2020/10/13

「再再演が始まったこまつ座の芝居「私はだれでしょう」(井上ひさし作)は,いまを照射しているかのような作品です。舞台は終戦直後の日本放送協会。実在のラジオ番組「尋ね人」をめぐって占領下の言論統制と職員の攻防を描きます。戦前中、国策の伝達機関だった日本放送協会は戦後、「マッカーサー元帥命令の伝達機関」に。「言論の自由」を奨励する一方で占領軍の批判は許されず、その自由はあくまで占領政策の枠内での自由でした。印象深いせりふがあります。「アメリカ占領下では、コトバの煙幕をうまく使って生きて行くよりほかに道はない」。例えば「アメリカ兵が娘さんを手込めにしてジープで逃げた」と言う事実を「大きな男が乱暴をはたらいて速い車で逃げた」と言い換える。具体的で明快な表現を避ける「コトバの煙幕」は現実政治でも多用されています。日本学術会議の問題で、菅義偉首相が任命拒否の理由として繰り返す「総合的、俯瞰(ふかん)的」観点という言葉も一例でしょう。「学問の自由」への政治介入を日本学術会議の在り方の問題にすり替える。看過できないのは、一部メディアがその片棒担ぎをしていることです。「日曜報道 ザプライム」(フジ系)は、「徹底討論!学者の国会」と称し、50分近くを論点そらしに費やしました。それでも番組と同時進行で行った視聴者調査では、「菅首相の説明に納得いかない」が「納得できる」より10ポイント高い結果に。すり替え論は底が割れているようです。」(13日付けしんぶん赤旗「潮流」より)菅首相は逃げるのがヘタで、尻尾を掴まれて今度は胴体を掴まれてしまいました。元々、この方は総理には不向きで、自民党の談合で生まれただけだと思います。きっと、長続きしない政権になりそうです。さて、すっかり秋らしくなり、昨夜の夕食では「焼き芋」がデザートに出て来ました。今夜の夕食は「栗ごはん」だそうで、これで「まったけ」でも出れば最高なんですが、叶いそうにありません。(写真は、昨年10月27日に行った「しきぶ温泉・湯楽里」の光景ですが、こんな日がまた来るようにと願っています)

台風14号が接近中です。
2020/10/09

「北海道にはアイヌ語に由来する地名が数多くあります。後志(しりべし)地方の寿都(すっつ)町もその一つ。矢柄に使う茅(かや)のある川を意味する「シュプキペッ」が語源で、町を分ける朱太(しゅぶと)川を指すといいます。日本海に面し漁業が盛んな人口3千人弱のこの町が、核のごみの捨て場に名乗りをあげました。原発から出る高レベル放射性廃棄物の最終処分場を選ぶ調査に応じると町長が表明しました。美しい神の沢を意味する「カムイ・ナイ」。それを由来とする神恵内(かもえない)村でも議会が調査応募の検討を求める請願を採択。村長が近く決断するとしています。積丹(しゃこたん)半島の西側にあり、こちらも漁業が主の人口800人余の寒村です。ガラスと混ぜて固化し、鋼鉄製の容器にくるむ核のごみ。人間が近づけば20秒ほどで死に至るほど放射線が強く安全なレベルになるには10万年かかるといわれます。すでにそれは2万6000本分にも相当すると。長く行き場をさまよってきた最終処分場。今回の応募で選定に向けた過程が動きだしました。しかし、住民や道民をはじめ、反対の声や運動が急速にひろがっています。地方を疲弊させたうえに、過疎地をカネでつって負の遺産を押しつける。あまりにも身勝手な国や電力会社のやり方に。核のごみが解決しないまま動かし続けた原発。核燃料リサイクル計画は破綻、八方ふさがり、待ったなしにもかかわらず、国は再稼働にしがみついています。自然と共生してきた過去も、エネルギー政策の転換をめざす将来にも背を向けて。」(9日付けしんぶん赤旗「潮流」より)若狭地方に原発が多いのも同じことをで、過疎化が進み、漁業も芳しくなく、他の産業もなく、税収が期待できない町にはおいしい話でした。しかし、唯一反対した街が小浜市でした。小浜市も決して財政が豊かでないのに、節約をしながら頑張っているので、拍手を送りたいと思います。さて,台風14号が今夕には最接近すると報道されていますが、太平洋側を通過するので影響は少ないと思われます。ただ、念のために、夕方には閉店しようと思っています。(写真は、昨年10月7日に行った「鞠山・海釣り公園」の光景です)

昨夜は寒くて目を覚ましました。
2020/10/06

「朝露のなか、どこからかキンモクセイの甘い香りが漂ってきました。枯れ葉が道に舞い、淡い月影の夜には虫の音がしっとりと。あの暑さがうそのように深まりゆく秋です。季節はめぐりますが、私たちは変わらないコロナ禍の生活が続きます。マスクをつけ、3密をさけ、人との距離や接触に気をつかう日々。感染者は収まらず、世界の死者は100万人をこえ、いまも毎日5000人強のペースで増えています。人類を襲った大きな災厄。そんな折、人間の生き方や幸福を問い直すドキュメンタリー映画が公開されました。「ムヒカ、世界でいちばん貧しい大統領から日本へ」。テレビ番組製作者の田部井一真さんが南米ウルグアイのホせ・ムヒカ大統領の取材を重ね完成させました。きっかけは国道会議での名演説。大量消費社会や欲深さを厳しくいさめた訴えに感銘をうけた田部井さんが執着をもってムヒカさんの人間像に迫りました。「社会の発展が人間の幸せを損なうものであってはならない」。軍事政権下で何度も投獄され、大統領になってからも清貧なくらしを変えず、貧困の解消に努めました。その経験やグローバルな視点から発する言動や提言が心に響きます。来日したムヒカさんが日本の若者たちに伝えたことがあります。魔法が世界を変えてくれるなんて思わないで。あなた自身が行動し、よりよい社会をめざすことで人生に意義が生まれるー。危機の先にある新しい世界の姿とは。コロナの秋に思いはいっそう募ります。」(6日付けしんぶん赤旗「潮流」より)テレビでも話題になった、ムヒカ元大統領ですが、引退後はどんな生活をされているのか興味があります。さて、昨晩は一旦眠りに着きましたが、午前2時頃寒くて目を覚ましました。慌てて布団を探しましたが、適当な物が見つからず毛布を2枚重ねて眠りました。今朝の気温も15℃しかなく、こんなに極端な気温の変化も珍しく、体がついて行けません。(写真は、綺麗な毛虫?が道路を渡りましたが、無事に反対側に着きましたと、黄色いコスモスの花が咲きましたと、店に迷い込んだカマキリですが逃がしてやりました)

静かな日々が続いています。
2020/10/03

「こどもの ひとこと」
★大学に通えない★
大学合格したのに入学式は中止し、大学構内立ち入り禁止の自粛生活が続く娘。後期もオンライン講義が決まった日、ニュースを見て「何がGoTo、GoToイートや!それなら高学費払ってるうちらにGoTo大学キャンペーンしてよ」。
(#GoTo大学 49歳 団体職員 京都府)
★暑い日傘さして★
暑い日が続き傘(晴雨兼用)をさして出かけようとすると、3歳のメイちやんが、「雨ふってないで!」。
(藤岡幸水 67歳 大阪市)
★祖父と掃除機と★
息子が3歳のころ。実家に行くと、いつも祖父が掃除機をかけていた。ある日、珍しく私の妹が掃除しようとすると、「それは、おじいちゃんの大事やから、さわったらダメ!!」とプンプン。
(葛西真由美 兵庫県)
★祖母が亡くなり★
3歳になった孫が私に聞きました。「いっちゃんもお墓の人になるの」。娘のしゅうとめが亡くなった時に覚えたようです。
(佐藤一子 76歳 神奈川・座間市)
★連日雨天が続き★
25年前ごろ、保育園に勤務していたある日、連日雨天が続き、3歳児の男児が真顔で私に訴えてきました。「先生!雨、止まってくれるといいね!!」
(西井知佐子 名古屋市)
★おかわり3杯目★
痩せの大食いの息子(8歳)。3杯目のおかわりをしに行き「母ちゃん、おいら、たくさん食べるけど、運動しているから太らないんだよね」。母の視線を感じたのか、「今日はコレで終わりにしようかなぁ」。
(りょうくんママ 東京都)
(3日付けしんぶん赤旗「読者の広場」より)
10月に入りましたが、この先何の予定もなく、静かな日々が続いています。相変わらず、コロナ禍の関係で長女の帰省も叶わず、もう丸2カ月も会えていません。「元気で過ごしているだろうか?」「いつになったら帰省できるのだろうか?」とモヤモヤした気持ちでいます。(写真は、秋空が広がる田中地区と、ススキが朝日に輝いていましたと、我が家の萩の花が咲き出しました)

彼岸花が満開になりました。
2020/09/30

「ひざを抱えながら、ひとり暗闇に沈んでいく絶望感。このつらさから抜け出すことは絶対にできない。そんな思いの時は、とにかく周りに伝えてほしい。死にたい人であればだれでもかけることができる「いのっちの電話」(090−8106−4666)。それを10年近く続ける作家の坂口恭平さんは、ほとんどが口に出せずに悩み苦しんでいるといいます。死にたいと思うことは人間にとって特別ではなく、あななただけではない。その感情には波があり、必ずやまた抜け出せる。きついときは、いつも通りのふりをしてみて・・・。自身の体験も交えながら著書『苦しい時は電話して』で対処法を語りかけています。ドラマや映画で活躍してきた俳優の竹内結子さんが亡くなりました。自殺とみられています。三浦春馬さん、芦名星さんに続く悲報。それぞれの事情は異なるでしょうか、芸能人の死の連鎖は衝撃をひろげています。不安や憂うつ、いらだち。いまコロナ禍で心の不調を訴える人が増え、自殺者も増加傾向にあります。専門家は早めの相談や治療を促し、SOSを出すことは恥ずかしくないという社会的な認識が必要だといいます。日本の自殺率は先進国でも最悪の水準で、とくに若者がTさんに高い。それなのに政府は「それぞれが自殺のない社会をつくっていただけるようにお願いしたい」(加藤官房長官)と、まるでひとりごと。「死にたくなるのは、懸命に生きているから」と坂口さん。暗闇から人びとを救える。そんな国でありたい。」(30日付けしんぶん赤旗「潮流」より)私も、女優の竹内結子さんの大ファンだったので、この悲報はショックでした。私自身は自殺したいと思う事はなかったのですが、友人のTさんによると、自殺未遂を繰り返した時は「死神に憑りつかれた」とのことでした。さて、今津町の桂浜公園では彼岸花が満開で、多くの観光客が訪れているとニュースになっていました。時間が間に合えば、まだ行ったことがないので、見てみたいと思います。(写真は、@家の前の空き地に咲いた彼岸花と、A煤田地区の八田川の堤防に咲いた彼岸花と、B三尾里地区のお墓に咲いた彼岸花です)

秋が深まって来ましたね。
2020/09/27

「東京電力福島第1原発事故から9年半以上たっても、なお多くの住民が避難生活を余儀なくされています。原発敷地内では、事故で炉心溶融した三つの原子炉から放射能汚染水が1日百数十dもも発生しています。この事故の当事者である東電に対し、原子力規制委員会が新潟県にある柏崎刈羽原発6、7号機を再稼働させる「適格性」を認めるお墨付きを与えました。原発の保守管理ルールなどを定めた保安規定に、社長がトップとて安全の責任を担うなどと明記されたからというのです。他に書かれた内容をみると、福島第1原発の廃炉や倍賞をやり遂げる、原発の運営は安全性の確保を前提とするなどといった、当然のことばかり。保安規定に違反すれば運転停止などの罰則があるものの、どんなことが違反にあたるか、あいまいです。東電については事故後も適格性を欠く出来事が相次ぎ、柏崎刈羽原発の審査では、事故時の対応拠点の耐震不足を知りながら報告しなかったことまで発覚しています。それでも規制委は「適格性について否定する状況にはない」と条件付きで容認しました。その規制委の判断を尊重し、原発の再稼働を進めるというのが原発に固執する政府方針です。政府と一体でつくった東電の事業計画も、廃炉や倍賞の対応として原発再稼働で稼ぐことが前提になっています。事故の収束、廃炉、賠償などの見通しも立っていないのに、その当事者に原発再稼働が許されていいのか。政府、規制委の判断が厳しく問われます。」(27日付けしんぶん赤旗「潮流」より)東日本大震災の時の、津波被害で起きた原発事故ですが、なかなか解決への道筋が見えて来ませんね。ここ、滋賀県の北部は、福井県・若狭地方と30`と離れていないので心配です。しかも、近畿の水がめである琵琶湖が汚染されると、甚大な被害になりそうです。さて、朝夕はめっきり涼しく(寒いくらい)なりました。毎晩、近所を散歩すると「クツワムシ」の賑やかな鳴き声が聞こえて来ます。あの、暑さに耐えて暮らしていたことが、なぜか懐かしくもあります。(写真は、鳥せいで食べた「六串盛り合わせ」834円、「鶏ホルモン焼」630円、(覚えきれないので、領収書から確認)日本酒とビールを含めてしめて4860円でした)

栗拾いが始まりました。
2020/09/24

「わがまいち ふるさと」「香川県・琴平町」「香川県琴平(ことひら)町は”こんぴらさん”の門前町として古くから栄えてきました。県中讃(ちゅうさん)に位置し、人口は約8500人弱。年間約260万人の観光客が訪れる観光の町です。JR琴平駅から3分、琴電琴平駅隣接の高灯篭(とうろう)は、二層式瓦葺(かわらぶき)では日本最高の27・6b。その昔、瀬戸内海を航行する船人が、お供え物を樽(たる)に入れて流した「流し樽」の目標になっていました。本宮への石段を100段近く上がったところに「宮本百合子も宿泊した」虎丸旅館が今も営業しています。境内から見る讃岐平野と琴平の町は「美しく爽快」です。旧金毘羅(こんぴら)大芝居(金丸座)は、天保6年(1835年)建てられ、現存する最古の歌舞伎小屋で、毎春、こんぴら歌舞伎を上演しています。日本で最初の累進課税を実施した町として、第1回原水爆禁止四国大会を開催した町として誇りがあります。平成の大合併でも「小さくても元気な町」を選択しました。特産はニンニクで、幼稚園や小学校での食育もしています。ニンニク使用のオリーブオイルなど、新しい特産品として期待されています。(今田勝幸町議)」私が初めて「金毘羅さん」に登ったのは、20代前半の頃でした。仕事で高松市のメガネ店に出張した時に、「せっかくここまで来たのだから」と足を伸ばしました。その時は、若さもあったからか「駆け足」で登れた事が思い出されます。後に、60歳になった頃の8月、家族で登りましたが、汗をかきながら「ぜいぜい」と休み休みでした。あの若かった頃がなつかしく、「よう、駆け足で登ったな」と我ながら感心しました。さて、マキノ町の「ピックランド」で「栗拾い」が始まったとニュースで流れていました。ただ、入園料が、大人1600円、小人800円と少し高めなのですが、良かったら来てみて下さい。(写真は、鳥せい・本店の外観と、古民家風の内装と、隣接する酒蔵です)

今日は、敬老の日ですね。
2020/09/21

昨日(20日)は、少し早いですが、大阪・大東市までお墓参りに行って来ました。安曇川駅発10時21分の新快速大阪行きの乗り込み、大阪駅に11時35分に到着、早速阪神百貨店の地下にある食料品売り場に立ち寄りました。「大寅」で「はんぺん」を買い求め、乾物店で「タラコ」と「ちりめんじゃこ」を買い求めました。地元、安曇川ではこの様な新鮮な物は手に入りませんので、大阪に来ると必ず買い求める事にしています。ここから、学研都市線の新地駅まで歩いて乗り継ぎ、鴻池新田駅に着いたのは12時10分でした。改札を出ると、驚いたことにS先生がすでに来ていて、早い目に来たとの事でした。とりあえず、先生に待ってもらい墓参りに行きました。20分後、再び駅に戻り、昼食をともに食べる事にしました。駅前にある「千秋」?(確かそんな屋号だった)に入り「うどん」の美味しい店ですがいつも混雑しています。政治の話や、家族の話、組合の話など尽きませんでした。食事も終わり、話の続きに近くの喫茶店で話込みました。間もなく15時になったので、またの再会を誓って駅でお別れしました。「そうだ、久しぶりに伏見の「鳥せい・本店」に行かないか?」と言う事になり、京橋駅から京阪電車の特急に乗り、「伏見・桃山駅」から徒歩で向かいました。以前は大混雑で、1時間待ちと言われ帰りましたが、今回は時間もあるので、我慢強く待つことにしました。待つこと30分、思ったよりも早く席に着けました。「ここに来たら、まず日本酒やね」と嫁さんが言うので、その通り、「大吟醸」を注文し、同時に「生ビール」も注文しました。料理は「六串盛り合わせ」と「鶏ホルモン焼」にしました。ここの焼き鳥は、他では食べられないほど美味しく、また「九条葱」がこんなに甘いとは初めて知りました。およそ1時間30分(2時間までして下さいと書かれています)でお店をでましたが、お会計は4860円と、いつもの半額程度で、お酒も食事も少なくなりました。帰りは、近鉄京都線に乗り、京都駅に戻ったのは、18時30分で18時41分の湖西線の電車に間に合いました。「そうだ、まだ時間が早いからスナックに行こうか?」となり、馴染みのお店が今月で閉店するので顔を出すことにしました。歌い、飲み、時間を忘れてしまいましたが、気が付けば23時になっていて、お店を後にしました。嫁さんが「今日は、11500歩歩いたわ」と言うので、「都会では、これが普通なんだろうな?」と返答しました。(写真は、中書島駅に飾られた坂本龍馬の図と、「不戦の誓い」が書かれた「真宗大谷派」のお寺と、賑やかな「伏見・大手筋商店街」です)

秋のお彼岸が近づいて来ました。
2020/09/17

「わがまいち ふるさと」「山形県・遊佐町]「人口1万3千人の山形県遊佐(ゆざ)町は、県の最北端に位置し、西に庄内砂丘を隔てて日本海に臨み、北は「遊佐町吹浦(ふくら)字鳥海山1番地」という住所を有する秀峰鳥海山に境に秋田県と接しています。東は出羽丘陵に囲まれ、南は酒田市に接する208平方`の町です。地形は山間・平野・砂丘地帯に大別され、平たん地は28%で農業が基幹産業です。山形県でありながら最上川水系から独立した鳥海山系の各河川が町内を貫流し日本海に注ぎます。秋田県象潟(きさかた)からの帰途、俳聖芭蕉が詠んだ「あつみ山や吹浦かけて夕すずみ」の句碑が吹浦港を望む国道7号沿いに立っています。わが町のユニークなところは、「奥の細道・鳥海ツーデーマーチ」というウオーキングイベントで交流・友情を深め、健康づくりをすすめていることです。本年はコロナ禍により中止しましたが27回を重ねてきました。昨年は2日間にわたって県内外から5コース1900人のウオーカーが参加し、神のすむ鳥海山と日本海、庄内砂丘、母なる月光(がっこう)川の清流に育まれた大自然を満喫しました。2000年に全国に向けて発信したウオークサミット共同アピール「子どもと歩こう運動YUZA宣言」のもと、多くの子どもたちも参加するものとなっています。さらに、「〒999−8531 遊佐町菅里」は日本中で最も郵便番号の数字が大きいところでプチ自慢です。(遊佐町議 佐藤光保)」私が、旅をした北限は山形市で、遊佐町には行ったことがありません。本土で未踏の地は、秋田県、青森県、岩手県の3県で、ここさえ行けば全国の地で残っているのは沖縄県だけになります。近畿圏から最も遠い場所になりますが、必ず行ってみたいと思っています。さて、お盆にお墓参りをしたのに、もう「秋のお彼岸」が近づいて来ました。夫婦の会議?の結果、20日(日)に決定しました。(写真は、ツクツクホウシの鳴き声が聞こえる畑と、あまりに美しい夕焼けの景色と、なぜかタイヤに止まったカマキリです)

menu前ページTOPページ次ページspace.gifHOMEページ


Copyright (C) 2006メガネ・補聴器のフクイ. All Rights Reserved.
お問い合わせ